259.それぞれの夕焼け

子供と公園で遊んだ。ブランコは競争率が高い遊具だ。ようやく乗れるようになって、どこまでも高く勢いよく飛んでいきたくて、もっと押して、もっと背中を押して、とせがんでくる。

帰ってくると、向こうに牛が見えた。しばらくするとこちらに寄って来た。暑い暑い夏をようやく乗り越えつつある。マイナス20℃の寒さでも耐えうる防寒具を着て、この真夏を耐え忍んでいるようなものだ。
夜になると、Tシャツ一枚では寒くなってきた。早く秋がくる事を望んでいる。



夜空の星は格別に美しかった。天の川が流れ、時に流れ星が消えてゆく。
どこからか、フクロウの鳴き声が聞こえた。夜が始まった。あのまばゆく輝いていた夕焼けは消えた。
底では、フクロウが鳴いていた。

257.夜のひととき

冬になると、週に3回ほど小学校の裏山のスキー場が開放される。スキーの好きな子供達は、夜になると集まって滑って遊ぶ。
大人は1時間半の間、寒空の下で子供を滑ってるのを見つめている。







子供は小さな学校に通わせている。全校生徒40人いるかどうかだ。だからみんな顔見知りだし、先生と児童の間の関係もとても近い。イジメなんかも起こりにくいだろうし、あまりプレッシャーをかけたくなかった。
おかげで先生や周りの児童にも恵まれて、良い時間を過ごしている。
ほぼブレーキをせずにまっすぐ滑る息子にヒヤヒヤしながら、児童達の笑い声を聞きながら過ごす時間はとても贅沢なのだろうと寒さに震えながらも、なるべく夜間スキーにこれからも連れてきたいと思っている。
256.酷暑の生活

かつてない熱波が北海道を襲っている。北海道以外の人々からしてみると、まだ北海道はマシな方だろう。
この寒冷地帯の生活も農業もかなり変わってしまったと言わざる得ない。30℃を越える日数など5日くらいしかなかった。しかし年々30℃を越える日数は増え続けて今年は15日以上はあった。気温は28℃でも体感温度として30℃を越える日を入れると、20日はあったと思う。
寒冷地帯だからこその強みで畜産業があったのだけど、変わらざる得ないのではないか、と思うようになった。
ミルクを出すホルスタインはだいたいマイナス20℃でも耐えうる身体をしてるのだけど、人間で言えば冬用の防寒具を着ている状態と言っていい。その中で30℃を耐えられる人間はいないだろう。

林の中だと30℃以上の温度でも20℃くらいではある。しかし日中は身を潜めて隠れていて草を食べたりしないから当然ミルクはでない。
ミルクが出ないどころではなく、命に関わる事だ。牛がみるみる痩せていくのを目にした。
実際に熱中症になって痛ましい惨事が続いているというの情報はあちこちから聞いてる。
8月は出産させないように分娩時期をずらしているが、していなかったら悲惨な事になっていたと思う。
正直、毎日牛を迎えに行くのが不安で仕方なかった。林の中でもう身動きとれなくなってる牛がいるのではないか、とビクビクしていた。
そのかわり夜になると涼しくなるので牛達はいっせいに山へ登って草をほうばる。
昨日の朝にようやく涼しくなり始めた、という実感があった。朝に迎えにいくと、牛は陽の光を浴びて悠然としていた。


これからどうなるだろうという不安はある。しかし広々とした青空の下、牛が歩いている姿はやはりいいものだ。まだその道を行こうと思いつつ、大地を歩いた。
255.夏のある日

子供は海で漁師が使うウキを見つけた。自分にあれをとってきてと言い、海を歩いてウキを取りにいった。漂い続けてようやく砂浜に辿り着こうとしたウキを、子供はまた海に戻そうとする。





子供は真剣だ。どうやったら戻せるか、何度も何度も繰り返す。その光景を見ながら子供は海にウキがあるのを知っていて戻そうとしているのか、あるいはウキは海にあった方が幸せなのではないか、と直感で思っているのか、どちらだろうかと思った。


ふとある光景を思い出した。およそマイナス20度の中で、写真を撮った。繰り返される波の音と寒さで思考は停止して、目の前に打ち上げられたウキのような気分になった。
人間は複合体だ。血、骨、肉、内臓に脳と様々な役割があってそれが一つになって生きている。決して1つの存在で成り立っていない。全ては炭素によって作られている。
では心は一体なにで作られているのか。心とはなにか。
その時、心を守るために肉体という衣/ころもをつけているように感じた。そして社会を生きていくために服を着てさらに鎧を着る。だがすべてを取り払ったら、寒空の下で打ち上げられたあのウキと変わらないのではないか。
ただただ我々は、起こる事象を見ているだけにすぎないのではないか。あのオレンジのウキのように。




子供はやがて裸になって遊び始めた。笑いながら見守った。


ウキを海に戻そうとするのを子供は諦めた。
子供の転がしていたウキは黄色だった。希望の色だ。
やがて数羽のカモメが飛んできた。小さな十字架の姿のその鳥は海の方向へと戻っていった。
254.夏のある1日

夏のある日、家族と海へ行った。およそ20分で着く浜辺で、海は浅く子供が溺れる危険性はかなり少ないので年に数回行く事にしている。
子供達は最初は恐る恐る海に足をつけた。そしてその5分後にはバシャバシャ浅瀬を走り回って楽しんでいた。





防波堤。干潮時には胸あたりまでだ。カメラを持って撮影しているとカモメが向こうの方で鳴いていた。もっと近くで撮りたくともそれは叶わず、家族のもとに戻る。








子供がコンブを拾って得意げに振り回す。スターウォーズ かウルトラマンかマーベルか何かわからないが、ヒーローごっこで悪い怪獣を倒すためにコンブを振り回して遊んでいた。微笑ましくも子供が怪獣を戦う声は波の音で途切れ途切れ聞こえてくる。




不意にカモメが頭上を飛んでいった。何事かと空を見渡すが太陽を見て目がくらんで下を向いた。
子供が指を指していた。
やがて音と共に自衛隊のプロペラ機が見えてきた。
子供はなにかを話していたが、その声は波の音と飛行機の音で掻き消された。
しかし子供は話し終えると満足したのか、海の方へ向かって歩き出した。飛行機を少し眺めて、やがて着陸態勢に入るために旋回してるのにも興味はなく海で遊び始めた。
飛行機のノイズがあたりを支配したが、子供は繰り返し押し寄せては引いていく波に向かって歩きだした。

253.スナップ写真

久しぶりの投稿だ。5月の末に子供が入院して、一週間ほど病院で寝泊まりしながら生活をした。次男の4歳の子供はまだ妻と一緒に家にいなければいけない。
自分が入院した息子と一緒に病室で寝て、朝の四時に起きて家に戻り5時には仕事をする。病室には親が寝るようなベットはなく、雑魚寝をするようなもので身体のふしぶしが痛くなった。
病室の空気は乾燥していて夜中に子供は悪夢にうなされるので1時間に一度は窓を開けて空気の入れ替えをしつつ、そんなこんなで結局寝れない上に体力は奪われ、自分も体調を崩してしまった。
高熱でうなされて6月いっぱいは体調は復調しなかった。
仕事は遅れて体調も満足ではなく、心身共に衰弱している状態で気持ちに余裕はなかった。
おまけにノートブックでブログをやり始めたら、ランキング登録やらなにやらしているうちに楽しくなくなってしまった。
ランキングで高順位のためにやっているわけではない。だが多くの人に見てもらう事に越した事はない。
ただ少し考えているうちにやる気が失せてしまった。






















単純に写真を撮るのが好きなだけだ。商売がしたいわけではない。肩肘はらずに細々とやっていこうと思う。投稿は止まっていても生活をして写真は撮っていた。
その軌跡を余暇がある時に投稿していきたい。















