4.黒澤明の快進撃
前回の続きです。クリントイーストウッドの映画グラントリノを深掘りするために彼の影響を受けた映画、黒澤明の映画を振り返っていました。
前回は七人の侍で終わりました。
七人の侍で国内、海外の映画制作側も見る側も水準が高くなり、さらに黒澤明は立て続けに時代劇で傑作をだします。
ちょっと今回は時代劇映画からクリントイーストウッドに迫りたいところがあるので、生き物の記録やどん底という映画も振り返ると長くなるので、もう長くなってるけど笑、飛ばします。
この映画はシェイクスピアのマクベスという戯曲を時代劇にして映画にするのですが、重厚なストーリー展開、そしてなんと言っても壮絶なラストシーンが印象的に残り、映画というのは芸術作品になりうるとたらしめた作品だと思います。
おそらくラストシーンで死にかけたランキングというのがあれば、間違いなくこの蜘蛛巣城の三船敏郎は一位になると思いますね笑。
舞台といえばシェイクスピアというイメージを覆すとまでは言わないまでも、映画化に成功した一本として、一気に映画という文化の底上げが図られたわけです。
さらに隠し砦と三悪人で生き残った姫様を中心として国を再興するという娯楽映画を作ります。女性を台座に座らせる点と国の再興という点が、日本の当時の状況と歩むべき姿を表していると思います。そしてこれがスターウォーズの原形になるわけですね。
で、次に作られたのが用心棒と椿三十郎になってここからクリントイーストウッドに結びつくわけです笑。前段階が非常に長かった笑。
でも黒澤明の用心棒が、マカロニウエスタンの荒野の用心棒のモチーフなってると簡単に言えるけど、この前段階で国内/海外の作る側と見る側の意識をめちゃくちゃ変えていってるという事が大事なんですね。そこに用心棒でさらにアクション映画を変えていくのです。
5.用心棒とクリントイーストウッド
この映画で大きなトピックは実は西部劇的なアプローチがされながらストーリー展開がされるところです。もう出だしからそうですね。
犬が手首を持って歩いてるシーンで、どれだけ治安が荒れているかをわからせるという演出。
裏のサイドストーリーとして、かつてはチンピラ役だったところから三船敏郎は人を守る立場に変わり、そしてチンピラ役にあの仲代達矢が入るというところです。
この映画で最も革新的なのは、今では当たり前の事なのですが、血が流れるというところです。今までで刀で肉を切る音がして、さらに血が流れるという映画はなかったんですね。これは春日太一さんの本を読むまでわかりませんでした。
今では当たり前すぎてそんな事は分からなかったのですが、この用心棒から始まったんですね。
やっぱり相当衝撃だったんじゃないかな。血が流れた瞬間に、一瞬本当に切りやがったって思う人はいたんだと思います。
この用心棒と椿三十郎という作品、特に椿三十郎でのラストシーンはまさに度肝を抜かれたんだと思います。
なにせ黒澤明は、三船敏郎と仲代達矢の一騎打ちでそれを見守る田中邦衛と加山雄三などには、なにも教えてなかったらしいんですね。だからあの表情は素の表情だ、と仲代達矢さんの本に書いてありました。
で、この用心棒と椿三十郎のおかげで東映のチャンバラ時代劇はまったくヒットしなくなってしまったらしいんですね。もう血も流れない時代劇なんて時代劇ではない、アクション映画ではないと。
アメリカでもこの映画がヒットして、アクション映画では血が流れ、さらに鮮血の嵐でお馴染みの映画にて初めてのスプラッター映画笑、子連れ狼でさらに血まみれ映画がヒットして、ハリウッドのアクション映画は血が出る映画を量産していく事になると。
用心棒/椿三十郎でははっきり言って人を斬りすぎではないかな?というシーンがあります。
ここがとても大事なんですね。
黒澤明もノリに乗っている、三船敏郎も刀のアクションや演技なども円熟期を迎えつつあった時代です。ノリに乗っていたからバンバン人を斬るシーンもできちゃうんだからしょうがないってんで止めなかったんですね。
ここからクリントイーストウッドです笑。このノリに乗っている、熱病に侵された状態の映画をそのまま作ったのが荒野の用心棒です。
そしてその荒野の用心棒を現代版にアップデートしたのがダーティーハリーという映画です。
このダーティーハリーは黒澤明の野良犬をベースにしつつ、アウトローでありながら、弱い奴や正義のためならバンバン人を殺してもいいんだと、悪に立ち向かう映画です。求められたのは三船敏郎という事なんです。書いた通り、野良犬ベースですし、イーストウッドもそれは三船敏郎をかなり意識したと思います。
映画を観る観客の人は三船敏郎を知らなくても、映画に携わっている人なら誰でも知っていて、映画史を塗り替えた憧れの三船敏郎です。
ただ悪人を殺すだけなら三船敏郎は越えられない、もっと激しく印象に残るようにしないといけない。三船敏郎が日本刀ならば、クリントイーストウッドは、ダーティーハリーはマグナム銃だと非現実的な設定を入れてくるんですね笑。あとなんと言ってもドンシーゲルですから、監督が笑。
B級映画の帝王ですから、そういう設定が好きなんですね。
これがアメリカ国内、国外で大ヒットして、強いアメリカを象徴するダークヒーローとしてイーストウッドはハリウッドの地位を獲得していきます。
ただ、やはりダーティーハリーは大ヒットしたとはいえ、批評家からはやりすぎだ、過激すぎると賛否両論が巻き起こったようです。
この時、ハリウッドも好景気というか、ジャンジャン映画産業に金を投資する時期です。
やるならド派手にドカーンと行こうぜって、皆、熱病に侵されていた時期でもあります。だから周りの影響とかが見えてないし、やればやるだけヒットするので、過激になりがちだったんですね。
その最たる映画がダーティーハリーだったかも知れません。
6.イーストウッドの復讐と再生物語
今回はグラントリノを中心に書いていくので、ザッと書いていきます。いずれ一本、一本書いていきたいのですが、イーストウッドの出演、あるいは監督作品を見ていると、多くは復讐/リベンジと再生をする物語が描かれています。
それはストーリーもそうですが、失われつつある文化の復興、再生をテーマにした作品もあります。
もうハリウッドは制作しなくなった西部劇を映画化した許されざる者、かつては大衆音楽の中心にあったのがジャズで、そのジャズの伝説的人物、チャーリーパーカーの伝記映画を制作して文化の復興と再生させたり、他にもイーストウッドがかつてはジャズマン、ミュージシャンを目指した事もあってセンチメンタルアドベンチャーでは自身が売れないカントリー歌手として、旅をしながら自身の果たす事のできなかった音楽放浪生活を、映画の中で果たそうとします。
イーストウッドが幼少時代から慣れ親しんだ西部劇というのは、悲惨な歴史が絡んでいるからこれからは開拓時代とは言えなくなると思うけど、無秩序の世界に正義のガンマンが立ち挑むという設定/構成が必ず組み込んでいました。
アメリカの多くの人は開拓精神というスピリッツが、1人のガンマンに象徴されているのを見ているわけです。
悪い奴は全員ぶっ飛ばさなければいけない、それは他国でも同じだ、とその人、その国の生活/環境は無視して戦う映画が横行します。
クリントイーストウッドの映画でもそうですが、ハートブレイクリッジとアメリカンスナイパーが良い例です。
ここでのアメリカ軍の描き方が異なるんですね。ハートブレイクの方は、一方的なアメリカ軍からの視点だけど、アメリカンスナイパーでは敵のスナイパーの現実も見せていきます。
ちなみにハートブレイクリッジはアメリカが正しいという物語ではありません。家族の再生物語と軍の若者との交流を中心に描いた物語で、クリントイーストウッドを知る上ではとても重要な一本だと思います。
このように、敵の視点からの物語を描くようになったのは、許されざる者という映画からでしょう。
何があったのかはわからないけど、この映画から明らかに変わっています。
そしてこの映画を機に、クリントイーストウッドは自分自身の人生をも、再生していく事になります。
この許されざる者は、いずれなぜジーンハックマンは保安官なのか、モーガンフリーマンはどうしてこの役なのか、詳しく書きたいと思います。
ザッと書くと悪い奴には何をしても良いと思っている保安官で、クリントイーストウッドは、かつて強盗など働いた経験があり、言わばお尋ね者という存在です。
イーストウッドはジーンハックマンと対峙する事になるのだけど、この保安官こそダーティーハリーその者と言っていい。
あとイーストウッドの、人生に傷があるという役は、かつてそういう映画に出演してきた自分、と重なる部分があります。
この映画を機に、イーストウッドは自分に対して重たい十字架を引きずりながら、孤独に復讐/再生の道を歩んで行く事になるんですね。
7.グラントリノ
イーストウッドにはザッと3つの時代に分かれるのですが、最初は西部劇時代、2つ目はダーティーハリーなどハリウッド狂想曲時代、そして3つ目は監督兼出演時代になるのだけど、多くの人達が共有してるのがこの監督兼出演時代なわけです。
このハリウッド狂想曲時代の、ダーティーハリーとして活躍して、弱い奴を救うためには何をやってもいい、正義とはそういうものだという空気感が蔓延してる中で、デトロイトである事件が起きます。
それは日本車の安く、壊れにくく、ガソリン代もアメリカの車とは比較にならないくらい安くすむ経済的にも良い車が売れて、アメリカの自動車産業は斜陽期になっていきます。そしてその一大産業を担っていたのがデトロイトです。
そのデトロイトで1980年初頭に、酔っ払った白人が日本人と勘違いして中国人を撲殺する事件が起きてしまうのです。
言わば自分達を苦しめてるのは日本車で日本車叩きがあって、それが暴徒化した事件と言っていいと思いますが、根底には外からの侵入者、そして自分達を苦しめてる奴らには何をしても良い、という空気が蔓延していたからだとも言える。
グラントリノの物語を産むキッカケはこれだと思います。
そしてグラントリノには3つのポイントがあります。
1つ目はグラントリノという車が製造されたのが1972年という事。
2つ目はダーティーハリーが公開されたのが1971年のクリスマスシーズン、つまり年末をはさんで1972年にも公開されているという事。
3つ目は1972年に公開された映画で、バニシングポイントという映画があります。このバニシングポイントはコワルスキーという主人公が車に乗って爆走するという映画ですが、グラントリノの主人公もコワルスキーという名前である点。
つまりこの3つのポイントはアメリカが経済、文化の側面で世界をリードしていたという事になります。グラントリノの物語の根底には、設定にはそういう今昔物語があると。
そこに黒澤明の生きるという作品や三船敏郎の作り上げたヒーロー像の人生を歩んできたイーストウッドの人生も混ぜて、制作されたのがこのグラントリノだという事になるのです。
このグラントリノはイーストウッドの最後の出演作になるのではないか、と言われてましたから、映画館に観に行きました。冒頭から家族間に軋轢がある時点で、黒澤明の生きるという作品をモチーフにしてるな、と思いながら最後まで見た時はやっぱり泣きました。もう十分責任は果たした、もう十字架はおろしてくれ、と思いました。
だけどそこからさらに運び屋という映画が作られて、彼がいったい何を運んでいるのか、ぜひ見て欲しい作品です。
8.クリントイーストウッドのオススメ映画
イーストウッドのオススメ映画といえば、真っ先に浮かぶのがアルカトラズからの脱出です。今、45歳ですが、50代以上の年齢層の人はこの映画を1番にあげるのではないかな。ダーティーハリーの監督、盟友ドンシーゲルと組んだ最高傑作です。そして恐怖のメロディー。これはイーストウッドが初めて監督した作品で、全くヒットせず、そして俳優が監督なんかやるからだ、と酷評された作品らしいんですが、これは初めて作られたストーカー作品で、実際に今ではかなり再評価されているみたいです。危険な情事という映画のモチーフになっていますね。
音楽に対するこだわりも見えます。こぼれ話としてバーテンダー役の人がドンシーゲルです。
この作品の後にダーティーハリーが制作されるんですが、ダーティーハリーがマグナム銃をぶっ放す背景には映画館が映っています。その映画館の掲示板で宣伝されてるのが実は恐怖のメロディーなんですね。これは2人の友情と、洒落と、そしてこれからダーティーハリーがバンバンぶっ飛ばしていくぜ、という3つの要素が絡み合っていると思います。
クリントイーストウッドが監督したことによって、ロバートレッドフォード、メルギブソン、ケビンコスナーなどが監督もするようになり、アカデミー賞を受賞しています。
監督兼出演で言えば2000年代からの作品はどれも見応えがあるけど、このミリオンダラーベイビーは好きですね。他にもいっぱいあるけど、まずグラントリノを見てそれからダーティーハリーも見つつこちらの作品を見るのがオススメかなと思います。
9.日本映画が世界に与えた影響
まずはこちらをご覧ください。
モーガンフリーマン。
志村喬/しむらたかし
もうわかりましたね笑。そういう事なんです。俺も許されざる者では気づかなかったけど、セブンという映画を映画館で見た時に気づきました。
セブンは黒澤明の野良犬のベテラン刑事と新人の刑事の相棒/バディもの映画を下敷きにして展開していく映画です。
そしてこの2人の刑事コンビという構成を生み出したのが黒澤明映画からなんですね。モーガンフリーマンはそれをわかりやすく示しています笑。見て見て〜志村喬おじさんだよー、ここにいるよーっていう。
ダークナイトでは正義心の強いバットマンを演じるウェインにアドバイスする役をしています。これは三船敏郎と志村喬の関係ですね。常に暴走しそうな三船敏郎を悟す役になっているという。
あと相棒/バディもので最大のヒットしたのがこれでしょう。リーサルウェポンですね。メルギブソンが三船敏郎で、ダニーグロヴァーが志村喬ですね。よーく見るとダニーグローヴァーも志村喬に似ていますよね。
慌てて話すときは、言葉がなかなか出てこないんですが、これは明らかに生きるで演技した志村喬をモチーフにしていますね。ま、いかに影響を与えたかという事ですが、やっぱりアルパチーノやロバートデニーロなんかもやはり仲代達矢や志村喬、そして三船敏郎は尊敬の対象として崇めていますね。
野良犬関連で相棒もののオススメで言えばこのtrue detectiveシリーズです。特にシーズン1は、ドラマを見てきた中では前の記事エヴァンゲリオンで書きましたが、ウォッチメンとこの作品はダントツで好きなドラマです。
シーズン2は犯罪者と手を組んで捜査するという構成ですが、これは酔いどれ天使から来てると思ったし、シーズン3は羅生門ですね。
派手なアクションはないし、見る人を選ぶかも知れませんが重厚な人間ドラマが繰り広げて大好きな作品です。
あとわかりやすいんだけど、意外と知られてないところで言えばボディガードですね。若い人は知らないかも知れないけど、ホイットニーヒューストンとケビンコスナーの映画です。ボディガードは日本語で言えば警備員ですが、崩した言葉で言えば用心棒ですね笑。
劇中でケビンコスナーの部屋に行くと日本刀があるし、ホイットニーヒューストンと映画を観に行くのは用心棒ですね。まーそういう事です笑。
他にも七人の侍は、映画文化のある国では必ず作られている作品です。多民族国家の国々には、身分も越えて村を守る物語は共感しやすいのでしょう。この10年間を振り返ってみても、マッドマックス、スターウォーズ、ブレードランナー大作映画の続編が作られたわけですが、黒澤明のオマージュといえるシーンがいくつかありました。いまだにオマージュされたり、ドラマとして再構築されたりしてるのは凄いと思います。
オーバーに聞こえるかも知れませんが、三船敏郎と黒澤明が出会ったからこそ、大きな歯車が動き出して、世界を変えていったとも言えると思います。本当にこの出会いはとんでもない事だったと思います。
そして黒澤明だけが凄かったわけではなく、日本映画そのものがとても評価されていました。毎年のように国際映画祭ではなにかしら受賞していました。それはなぜか?
それは日本が戦争に負けたからです。国のために死ねと言われて育ち、戦争に赴き、人を殺し、仲間を殺され、戦争が終わった瞬間から追われる立場になって命からがら逃げてきて、なんとか帰ってきたら、全ての教えは黒く塗られてなかった事になっていた。仲間はなんのために死んでいったのか、国とはなんなのか、人とはなんなのか。
その大きな問いが、怒りが、哀しみが新しいヒューマンドラマを生み出して勧善懲悪な物語や、ロマンス映画の時代に一石を投じたわけです。
俺自身、黒澤明の映画が面白いと思って以来、1950年代の映画を片っ端から見ていきました。どの映画も骨太で面白くて驚きました。色々と見ていくとある事に気づいてきます。
名作と言われる映画にはたいがい橋本忍が脚本を手がけているという事です。
橋本忍は兵庫県で生まれ、やがて軍隊に召集されます。かなり優秀な部隊に所属していたらしいのですが、ビルマに行く最中に体調を崩して戦線を離脱、結核と判断されて余命2年と宣告されます。
テレビのドキュメンタリーを見ましたが、療養所に父親が来た際に、父親が言った言葉は、死ぬなら迷惑をかけずに死ね、と言われたらしいです。国のために死ぬのが最大の美徳とされていた時代ですから、父親は子供の橋本忍に心底がっかりしたのだと思います。
かたや橋本忍がいた部隊は、インパール大作戦に参戦して最前線に送られていったと言ってました。インパール大作戦とは武器に必要な弾丸などを含め救援物資が断たれていても前線は進め、進めと進まされ、結果的にほぼ全滅状態に近い、世界的な戦争の歴史の中でも最も悲惨な作戦と言われています。
のべ戦死者は日本軍だけでも15万人以上と言われています。
橋本忍は奇跡的に結核から助かりましたが、仲間達は帰ってきませんでした。国のために死ぬという事が美徳とされていたから、そのつもりで行ったのに、前線で仲間たちと戦う事もできず、死にすら見放され、おめおめと生きている自分を恥じると同時に、インパール大作戦を含め、多くの作戦に失態があったことに怒りをおぼえ、それを数多くの時代劇やヒューマンドラマに人間の愚かさと散りゆく人々を脚本に書いていきます。
彼の作品で特徴的なのは回想シーンを盛り込んでいく手法です。生きるという作品も、志村喬演じる渡辺課長が歩きまわって説得するシーンを部下が思い出すようにして繋いでいきます。
こういう風に主人公や周りの人が過去を振り返りながら構成していく物語は、初めてではないにせよ、全編的に回想シーンをつないで物語を構成していくのは、橋本忍の最大の功績と言っていいでしょう。
最近の映画で言うならばストーリーオブマイライフ、私の若草物語がとても素晴らしかったです。個人的には回想映画としては生きるに並ぶ傑作だと思います。若草物語はなんとなく良妻賢母というか、姉妹が仲良く暮らして結婚してみたいなストーリーだったのをおぼろげに憶えていて、これを見る価値あるのか、と敬遠していたのですが、正月に見て驚きました。
生涯独身を貫いたルイザ・メイオルコットを中心に展開する物語で、若草物語の輝かしい思い出を損なう事なく、現代の女性と重ね合わせたストーリーです。
びっくりしたのは、主人公のルイザメイオルコットが自分の書いた原稿を並べて高いところから見下ろして無駄なページをはぶくシーンですが、実際に橋本忍も同じ事をやっていたのです。つーか作家さんの中にはそういう事やる人は多いのかな?書いた脚本を床に並べて見てると、いらないページが見つかるらしいのです。
あのシーンを見た時はとても驚きました。
橋本忍の代表作は日本沈没、ゼロの焦点、上意討ち、真昼の暗黒、八つ墓村、悪い奴ほどよく眠るなど、もう数えきれないくらいあります。特にラストの犯人がわかった上での回想シーンでつないでいく砂の器は好きですが、先日亡くなった田中邦衛を踏まえた上で言うならば、人間の條件は戦争映画としても世界中で評価されてる作品です。
実際に田中邦衛さんのあの出演シーンがなければ、スタンレーキューブリックのフルメタルジャケットは全く違うものになったでしょう。
そんな中でも橋本忍自身の人生が滲み出ていて、世界的にもとても高く評価されている作品をあえて一本選ぶなら、切腹という作品かなと思います。主人公の仲代達矢自身も、死んだとして自分の出演した一本を選ぶなら切腹だとこちらに書いていました。
仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版 (文春文庫) [ 春日 太一 ]
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かつて安芸広島福島家家臣、津雲という浪人が井伊家を訪ねます。これは史実をモチーフにして作られた映画です。福島家はかつて豊臣秀吉に仕えて、最も信頼における部下として活躍していました。しかし度重なる朝鮮の遠征など、秀吉に不信感を募らせることになります。
それで関ヶ原の戦いでは徳川家につき、活躍をしたのですが大坂の陣では家康はまた福島家は豊臣方に寝返るのではないか、と考えてそれが引き金となって色々と理由をつけて藩そのものが取り潰しになります。
その家臣が井伊家を訪れて、あまりの貧しさゆえにもう侍として生きるのは恥を上塗りしているだけだから、潔く切腹をして武士道を全うしたい、だからお庭を貸していただきたいと願いでます。
その頃、切腹をするから庭を貸してくれと言って金品を貰おうとゆすりタカリがあったらしいんですね。
そこからストーリーはゆっくりと展開していきます。とにかく低く、ゆっくりと緊張感溢れる仲代達矢と三國連太郎の演技合戦がたまらないし、エヴァンゲリオンの記事でも少し紹介した宮嶋天皇のカメラワークも素晴らしい。脚本といい、演技といい、美術といい、音楽といい、全てが完璧で個人的に最も好きな映画です。
もう一つ補足しておくと、関ヶ原の戦いで徳川家康は福島正則に先鋒を命じるんですね。それを不満に思っていたのが井伊直政です。もともと福島正則は豊臣秀吉の腹心だった男です。だから彼に先頭を走られるのが嫌だったのでしょう。そして井伊直政は家康の愛人とも言われています。家康にカッコいいところを見せたかったのかも知れませんw。それで井伊直政は出し抜くんです。
ですから両者にはちょっとした因縁があったのです。
この映画は橋本忍のありったけの想いが詰まっています。女性や子供が病気で、飢えで死んでいってるのに、侍や武士道がそんなに偉いのか、ひいては戦争に走り、あれだけ国威発揚しておきながら、どれだけの人間が責任を負ったというのか、負けが確定してるのに玉砕に走った政権批判をしつつ、ラストの津雲の行動は亡き戦友と、そして共に散ることができなかった橋本忍の想いが詰まっていると思います。
監督の小林正樹は捕虜として終戦を迎え、橋本忍も鬱屈を抱えたまま生きながらえて、さらに主演の仲代達矢も戦争中に爆弾が降ってる中で逃げ惑い、空襲が終わったと思ったら、一緒に逃げていた親戚の女の子の手だけを握りしめていた経験があり、皆、大きく戦争によって人生を歪められた過去があります。
日本の俳優では三船敏郎が1番有名だと思いますが、色々な役をやってきたという点で言えば、志村喬、仲代達矢かなと思います。
ま、その分、仲代達矢は走ってくる戦車の下をくぐり抜けたり、火薬がどこに仕掛けてあるかわからない中を走り抜けたり、この切腹という映画でも、本物の剣を使って立ち合いをしたり、死にかけながら様々な役をやってきた人ではありますが笑、その仲代達矢が唯一やらなかった役が、正義の役だと言います。
これだけは絶対に引き受けなかった。それはもしかしたらまだあの時に握りしめていた女の子の手の記憶が残っているからかもしれません。
いずれ仲代達矢の映画の記事もたくさん書きたいなと思います。
彼らを含め、多くの映画に携わった人間は戦争に行っています。戦争の是非は置いておいて、その犠牲になった国内、海外の一般の人々の想いも含めて、是非見てもらいたい映画です。
10.黒澤明の一生と、生きる
いくらなんでも長すぎますね笑。すいません。これで最後にしたいと思います。以上をもってグラントリノから遡る映画史を終わりにしたいと思いますが、ラストはその後の黒澤明の一生と題して書きます。
そしてハリウッドから映画制作の依頼を受け、いよいよ本格的に世界進出となる筈だったのですが、うまくいかず、監督を降板します。
そしてその後にどてすかでんという映画を制作します。これは個人的にもとても好きな映画なんだけど、ヒットせずに大赤字になってしまいます。この時、黒澤明は独立して自分の会社で制作していたので、かなり意気消沈してしまい、なかなか映画制作が出来ずに自殺未遂をするまで堕ちてしまいます。
その後、ソビエトから映画の依頼を受けてデラスウザーラという映画を作り、そこからまた骨太な映画を作り続けます。影武者、乱、夢という作品ではスピルバーグやジョージルーカス、コッポラなどが資金援助をしたりするんですね。
どれも大好きな作品ですが、やはり三船敏郎と別れた後は娯楽作品よりも悲劇的なエンディングをむかえるのが多いかなと思います。
テレビ時代の台頭と国内の交通網の整備が進み、映画のみの娯楽だった時代は終わりを告げようとしていました。
天国と地獄という映画では、俺は流行りの靴なんか作りたくない、デザインが悪くとも良い靴を作るだと三船敏郎が言っていますが、これは黒澤明が安い映画なんて作りたくねーんだ、ちゃんとしっかりした映画を作りたいと言っているようにも聞こえます。
しかし時代の流れは加速していき、骨太な人間ドラマよりも、もっと明るく軽く、雰囲気が良いドラマを人々は求め始めるんですね。
黒澤はハリウッドで映画制作をしたい想いもあったろうけど、日本の映画/美術の底上げを考えていた人であったにも関わらず、時代はそれと真逆の方向に舵を切る形になっていきます。
そして皮肉な事に、黒澤や橋本忍が考えた物語の構成や設定が安く消費されるような形になっていってしまいます。
影響力があればあるだけ、消費されるのも激しい。
黒澤明の最後の作品は、まあだだよ、という作品です。これはまだ俺は死なないよ、まだ終わらないよ、と言っているようにも思えて仕方がない。
大作を制作する代わりに大金が飛び、長い撮影によって俳優のスケジュールは抑えられ、だんだんと人が離れていく。本来なら、あのまあだだよにいた先生の姿こそ黒澤明そのものだったはずです。デラスウザーラもあの極寒の中でも生き生きしていた老人は黒澤にも見える。あの凍てつく寒さの中でも堪えて生き抜き、壮大な景色を俺は作りあげてきたんだ、でもその自然の中で、映画以外の世界で俺は何をすればいいというのか、圧倒的なスケールと骨太なヒューマンドラマの中に黒澤のうめき声は確かに聞こえる作品です。
本当に皮肉だなと思います。七人の侍でラストで志村喬が言うセリフが跳ね返って黒澤明の人生に当てはまってしまうという事実。外側から見るとそういう風に見えてしまう。
でもそれは黒澤明だけでなく、自分達自身の生活そのものも、消費されていく方が大きいという事実がある。
ただその後に生きるという作品を見ると違って見えてくる。生きるという映画はとても斬新だなと思います。
本来なら役所を退職寸前の人間が癌の末期を告げられるよりも、ハンサムな若い子が癌になるという設定の方が、観客のウケはいいはずです。
でもそれはしないんですね。仮にそれをしてなくともストーリーの王道といえば、ジーさんは絶望していたけどやる事が見つかって一生懸命働きながら、家族は最初は動かないでくれと止めに入るけど、やがて家族も職場の人間も共感してなんとか夢を実現させよう、この人のためになろうと働き、家族も職場も死にゆく者のおかげで環境が変わり、最終的には夢を実現してみんなに愛されながら、ありがとうありがとうと言って死んでいき、お涙頂戴で終わっていくっていう、それが朝ドラ的な王道ストーリーだと思います。
でも黒澤明/橋本忍はその構成を全て否定するんですね。息子は最後の最後まで親父がどんな想いでいたかわからず、親父もちょっとしたボタンの掛け違いから誤解を解こうとすらしない。
職場も何かが変わったかというと、結局何も変わらないまま終わっていく。徹底して美談にしないんですね。そうではない、と。
たとえ家族が理解ができないからといって、お前がやりたい事をやらない理由になるのか、会社が、社会が変わらないからといって、自分のやりたい事をやらない理由になるのか、と死にゆく者を通して語りかけてくるのです。
そして何もしない事以外は過激行為だという、役所の体質、それはすなわち社会の体質そのものであり、こんな悲劇はないと黒澤明と橋本忍は思っていて、そんな悲劇を当たり前に受け入れてる人間達に、志村喬演じる渡辺の一生を語らせる事に意義があり、またその悲劇を喜劇にして見せる事こそ大切な事だと思ったんだと思います。
そして志村喬はぬるりと気持ち悪く演じます。
死を前に怯え、慌てふためき、泣き、そして脅されても不敵な気持ち悪い笑顔を浮かべる人間そのものを演じたわけです。人間とはそういう者だ、と。
あの水を飲むシーンは個人的に最も美しいシーンだと思うし今後先、色々な映画を見てもそれをくつがえるような映画に出会う事はないでしょう。
黒澤明は橋本忍が結核で2年しか生きられないと宣告された人間だと知った上で脚本を託したわけですね。
黒澤明は影響力が大きいだけ消費も激しかったけど、誰よりも生き抜いた人生だったと思います。
ま、とにかく役者が全員上手いですね。もうみんなで飲んでるシーンとか、あの酔っ払いのクズ感がもう笑えるのなんの。俺はいっさいアルコール飲料は飲まないので余計にわかる笑。
いるわ〜こういう酔っ払い、親戚とか会社にもいるわー、こういう上司。マジで腹立つ〜っていう笑。
すごーく地味なんだけど、ホントめちゃくちゃ酔っ払いの演技がみんな上手いんですね。
実際、左卜全/左ボクゼンという人が泥酔して危うく喧嘩になりそうなシーンで、隣の日守新一がちょっと横向いたり下向いたりしてるんだけど、あまりに左卜全の酔っ払いの演技が面白すぎて、笑いそうになってるの堪えてるように見えて仕方ない笑。もう何度となく見てるからそういう所を見てしまうんだけど、左卜全と菊池実は本当にいい演技してます。
というわけで、ながーーーーーーくやってきたグラントリノからみる映画史、それはたったの1ページくらいでしたが、振り返ってみました笑。これはあくまでクリントイーストウッドから黒澤明に絡めた歴史だったのですが、東映、東宝松竹から振り返る映画史もできるし、ヒッチコックからみる事もできるのでいずれゆっくりやっていきたいと思います。ちなみに昔の黒澤明をはじめ当時の映画を見るなら字幕をつけてみる事をオススメします。
絶賛子育て期間中で映画はなかなか見れませんが、それでもちょくちょく見たりしてるのでオススメ映画や海外ドラマそして豆知識とかを次の記事にUPできたらな、と思っています。なにぶん忙しいので分かりませんがw。
クリントイーストウッドにさんをつけると変な感じになる。イーストウッドさん、みたいな。で、クリントイーストウッドにさんつけないのに、黒澤明さんとか橋本忍さんとか言うのはおかしいかな、と思って呼び捨てにしました。あい。