坂本龍一で最も好きな曲はHIBARIだ。ちょっとした美しいピアノのフレーズをループさせて、少し遅れて音程のズレた同じようなフレーズが追いかける。ひばりが空をゆっくりと飛んでいるのをイメージできる。
坂本龍一は世界を、多くを見て、また同時に経験を重ねながらそのエネルギーを吸収しつつ、そして同じように作られた物語や虚像を捨てていく事を音楽に反映させていたように思う。
禅の行程ともいうべきか、物語を捨て去り、削ぎ落としていった先にHIBARIのようなメロディーがあるように思える。足さず、物語を作らず、あるがままのメロディー。
写真を撮り始めた時はいかに特別な写真を撮るかにこだわった。特に星空は。だがそれはやめた。ごく当たり前の光景だからだ。他の人に特別であろうが、それは自分には特別ではない。
ただ人が明かりを点火して星空を打ち消しているだけの事だ。
夜でもまばゆい世界が特別だという人もいるだろう。自分にとってはそれが理解できても、わかる事はない。そしてどんどんその世界から離れていき、闇の方へ一歩一歩歩いていく実感がある。
物語を捨てていき、誰もいない世界へと歩き出しつつある事を。
今日の朝、5時の気温はマイナス3度だった。霜が降りていて少し草原を歩いた。HIBARIを聴きながら。まだ太陽の光は満足に照らされていなかった。HIBARIはそれでも空を泳いだ。
そして太陽がその全貌をあらわす前に、穴倉に入って作業を開始した。