169.木の葉の響き
明日は荒れる天気になるらしい。ふと夜空を見た。その兆候は、まだない。栗の木に視線をうつして眺めてながら歩いていると、風によって木の葉がかすれて音がした。
思わず足を止めてその音を聞いた。おそらく明日の暴風雨で、木の葉は一つ残らず飛び散るだろう。
根から養分と水を吸い上げ、およそ100年生きてきたこの栗の木は他の木とは交わる事なく孤立して、孤独に立ち尽くしている。
だがその姿は幼少期から見慣れ、親しみを感じつつ、家の周辺では最初の美しい風景でもある。
カメラを取り出して写真を撮った。曇り空で星はほとんど見えない。2枚目を撮った時に風が勢いよく吹き始めた。木の葉の音が風に乗って響いた。
その音は低く重くそして冷たく、壮厳だった。
初めてその木の声を聞いた気がする。真っ暗でその木の全容は見えなかったが、その音は心の奥底に響いた。
自然にその木何何を言おうとしてるか、耳をすました。もちろん、わかるわけがない。だが心も肉体も引き締まる思いがした。
これが最初で、今年の最後の対話だった。明日には木の葉は飛び散ってしまう。
しばらく見ていた。暗闇の中で1人だったが、それが寂しいとは思わなかった。