望遠レンズをつけて、ファインダーを覗いた。距離が遠すぎて、はっきりと顔は見えない。
冬の象徴が次々と飛来してきた。夏の間は緑に覆われていた森も、今では葉を落として殺風景になってしまったが、そこに寒さと共に威厳を持ち込んできた。
命からがら生き延びてきて、次世代に命を繋ぐために遡上してきたサケに鋭い爪を突き立て、身体を引き裂いて命を貪る。
川の音に全てはかき消される。白い死の雪原に、命の色がにじむ。
その姿は罪の姿だ。生きるために命を乞う。幼少の時から、その刹那を見てきた。
食い散らかした後は、その翼を広げて十字架の姿で、どんよりとした灰色の空に、蒼い空に飛んでいく。彼らもまた、命を繋ぐために生きている。十字架の姿で。小さい時からゆっくりと空を旋回する十字架を見て、生きる事を学んだのではなく、植えつけられてきた。
ある時、オオワシの事を東京の知り合いに話した。2メートルはあるその大きさで空から旋回する姿の話や、吹雪でもそのたたずむ姿の事を。
そのオオワシが飛び立ち、何かを捕まえて空にきえたのだけど、よく見ると捕まえていたのはキツネだったと言うと、突然知り合いの女の子はキレてまくし立ててきた。
なぜそんな事を言うのか。キタキツネが可哀想だとは思わないのか。どうしてそんなに嬉々と喋れるのか意味がわからない。殺されているのにどうして。信じられない。そうやって喜んでしゃべれる人間がいるから、虐待は減らないんだ。
それは些細な事だ。近くても届かない事はある。だがあまりに距離が遠すぎて、その時に自分の中で何かが崩れ落ちて諦めた。彼女が悪いわけではない。環境が違うだけだ。だがどこまでも遠くて、俺には無理だと途方に暮れた。
それ以降、犬、猫やペットの話は聞いているフリをするようになった。
心の中でつぶやく。お前は去年も来たヤツか?それとも初めて来たヤツか?どのみちこれから俺の姿は見かけることになる。憶えておいてくれ。そしてできればもっと近くでその姿を見せて欲しい。刻印しておきたいのだ。
どうせお前達は音もなくある朝に忽然と消えていくのだから。
獲物を見つけたオオワシは、飛び立ち消えていった。
カメラの電源を切り、ヘッドホンのスイッチを入れる。Bluetoothでスマホに繋ぎ、oneohtrix point neverのambien1をかけた。
途切れ途切れのメロディーが、鳴り響いた。うまく飛べない音が、なんとか繋がり旋回する。
それが美しくて。それが。
空を見上げると、十字架が俺の頭上を旋回していた。カメラをかまえて撮影しようと思ったが、陽の光でまぶしくてどこにいるかわからなくなると思った。それよりも音と風景の世界に溶けこんでいたかった。
ゆっくりと歩き始めた。
https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_k-8n3M8myhCp_wlvshRjCByJ_cyplLeuk